一生できる仕事、自分が好きなことはなんだろう。考えたらパン屋さんになろうと思った。
Matsumotopan・細川ひとみさん日本とドイツで数学の教師をされていた細川ひとみさん。製パンの経験はドイツ時代に我流で日本の食パンを焼いていたくらいだという。ベーカリーでの修行経験が全くない中で本格的なパン屋さんに挑戦したその想いと軌跡をお話いただいた。
松本市にあるMatsumotopan
長野県松本市、信州大学のキャンパスの横にある付属松本中学校の周辺は閑静な住宅街。道路を挟んで低い塀越しに校庭をうかがうことができるのは、いかにも学校と松本市民との昔ながらのつながり、歴史の深さを感じることができるような気がする。そしてその中学校のすぐ横の住宅の並びを歩いていると、忽然とMatsumotopanの看板が目に入ってくる。
Matsumotopanは2018年5月に細川ひとみさんがオープンしたパン屋さんだ。「Bakery House Matsumotopan」と書かれた大きなボードが遠くからでもよく目に入る。建屋に目を移してみると、どうやら1階が店舗で2階が住居という構造らしい。白い壁にグリーンのポスト、赤い扉の玄関。瀟洒という言葉がぴったりなたたずまいだ。
あけ放たれている玄関に入るとすぐショーケースがあり、焼きたてのパンが上から下までずらりと並べてある。パンドミがあり、バゲットがあり、何種類かのチョコレートクリームが入ったマルパン、ウインナーパンもある。バゲットサンドも2種類。
そのほかにもかなり広めのスペースにアンティークな感じのテーブルを置いたイートインスペースもあり、これはもう何年もかけてベーカリーで修業した後に独立したシェフがオープンするような、完全に本格的なベーカリーとなっている。
一生できる仕事は何だろう
オーナーシェフは細川ひとみさん。パン屋さんでの経験もゼロ。飲食店の経験すらありませんでした。
■どのような経歴ですか? 数学の教師をしていました。日本で教えていましたが、ドイツにある日本人学校でも教えている期間もあり、日本に戻ってきてからもMatsumotopanを開業する直前まで教員をしていました。
■パン屋さんになろうと思ったきっかけは? 日本に帰ってきて一生できる仕事はなんだろうと。一生続けるんだから、自分が好きなことを考えた。ドイツにいる間、ドイツパンは手に入りますがそのうちに日本で食べていたパンがどうしても食べたくなって。でもどこにも売っていない。仕方がないから自分で作ろうって。その時初めてパンを作ったんですね。パン作りの始まりはそんな感じだったんですが、やっているうちに楽しくなって日本に帰ってからもときどき我流のパンは焼いていました。それで、パン作りは一生続けることができる仕事だなって思ったんです。
■いわゆるパン屋として修行はまったくしていないわけですよね そうですね。修行といっても教員はすぐにやめることができません。無理のない形できちんと学ぼうとおもっていろいろと探しているときに出会ったのがビアンキュイでした。
■きちんとした技術を教えようというのはビアンキュイのコンセプトなんですが、ビアンキュイの受講だけでパン屋さんを開業する方がいるというのはちょっと驚きでした 2017年から渋谷での公開収録レッスンに通い始めましたが、継続してパン作りを学んだのはビアンキュイだけです。本当に助られました。修行をしていないので最初は専門用語もわからず「これは何を言っているんだろう?」という感じでしたが、シェフもできる人だけにわかる説明ではなく、基本的なことがわからない私にもわかるように指導や説明をしていただけたのもありがたかったです。
4:00から仕込み、7:00にはそれなりの数のパンを並べる
2018年5月に開業したMatsumotopan。朝7時からオープンして売り切れ次第で閉店になります。毎日5種類の生地を仕込み、だいたい300個ほどのパンを焼き上げています。
■朝7:00からオープンというのはかなり早い時間ですね そうですね、7:00のオープンの段階でそれなりにパンが並んでなければいけないので。4:00から仕込みをしています。学校のそばですから通学途中の生徒さんもいますし、通勤の途中で購入されていく常連のお客様もいます。散歩の途中でよっていただく方もいらっしゃるので朝7:00といっても結構お客様はきていただいています。
■店頭販売だけでしょうか 店頭以外にも、高等学校での販売や、イベント等での販売も行っています。ありがたいことにいろいろとお声をかけていています。
■週6日の営業だと大変ですね 一人では無理ですから、学生さんのアルバイトを含めてスタッフを雇っています。
■特に人気の高いパンは何ですか 食パンですね。「まつもとぱん」という名称で販売しています。地元信州産の小麦粉「ゆめかおり」を使った食パンです。もっちりとした食感が特徴で、毎日24斤焼いてますね。
パン屋さんを始めてみて
■開業して3年たっていますが、今どう感じていますか 毎日が充実しています。週6日の営業なので大変といえば大変ですが、ルーティーンになってしまえば意外と楽になってしまう部分もあります。オープンして最初の6か月は自分でも何をどうやっているのかわからなくなるぐらい大変でしたが。パン作りって、あまりよくわかっていないことも多いじゃないですか。酵母に助けてもらって作るので。解明されていない部分もすごく多い。そういう意味では、一生探求し続けることができる仕事だと思うし、やりがいもすごくあります。開業はゴールではなくて、スタートなんだって思います。
■開業してからもビアンキュイをつづけていただいています 開業すると忙しくなるし、やめてしまう方もいるのかもしれませんが私は続けるつもりです。4年以上も習っていますが、シェフからは毎回新しいパンや以前と同じパンでも材料や工程を改良してより理想にちかづいたパン作りを教えていただいていいます。私よりもずっと素晴らしいパンをつくるシェフが、いまだに新しいことに取り組んでいるのだっていうことは私自身すごく刺激を受けますし、モチベーションが上がります。コロナで東京までいけないこともありましたが、ライブを開催してもらったのでネットで参加することもできました。いろいろなことをその場で質問出来て、すぐ答えが返ってくるのは素晴らしい。それにビアンキュイを通じて仲間ができたことも大きいです。「頑張って」って声をかけてもらったり、SNSで仲間が頑張ってパンを焼いている様子を見かけたりすると私も松本で頑張ることができます。
■開業を考えている方に一言 環境や状況が許すならば早くスタートしたほうが良いと思います。パン屋さんは重いものを持つこともあるし、けっこう体力が必要です。でも慣れてしまえば年齢に応じていくらでも工夫していけると思うので、一生続けようと思えば続けられる素晴らしい仕事だと思います。
〒390-0871 長野県松本市桐1丁目4−53