きちんと手をかけて考えて作っていれば、必ずわかってくださる方がいる
柑山(かんざん)・普天間菜穂子さん「やってみるという」価値観をだいじにされている普天間さんは、やはりベーカリーの修行経験が全くないなかで柑山をオープンする。急な坂の上という立地やニーダーでのミキシング等、決して有利とはいえない条件の下で、普天間さんの作るパンは多くのファンを生み出していた。
坂の上にあるパン屋さん
神奈川県の小田原駅から静岡の御殿場に向かって走るJR御殿場線。途中に山北という駅がある。南側には酒匂川の流れが相模湾へと通じ北には丹沢山地を望んでいて、ただ歩いているだけでも風が気持ちよく、空気が澄んでいるのがわかる。車で30分ほどのところにある小田原の街並みと比べてみてもずいぶんと山が近くに感じる風景だ。
この山北駅から車で5分ほど走り、途中からずいぶんと急な坂を上ることになるのだが、この坂を上り切ったところに普天間菜穂子さんが新しくオープンしたベーカリーの柑山がある。
11時オープンで10時すぎから列ができ始める
柑山は2021年4月にオープンして、現在半年とちょっとがすぎたところ。店頭販売はいまのところ毎週金曜日と土曜日のみで、週で2日間だけの営業だ。営業開始は午前11時から。でもオープンよりだいぶ早い時間からパンを買いに来た人たちの列ができていることが多いという。本日も10時過ぎから列ができ始めていた。ご住居の1階部を製造と販売のスペースにしている関係で、売り場の面積はかなり狭い。ソーシャルディスタンスということもあり、購入ではお客様に1名ずつ店内にはいってもらってショーケースにあるパンを注文するスタイルだ。
お店は住宅街の中にあって、まさに今、どんどん宅地を造成中という新興住宅街。周りにお住いの皆さんも都会から静かな生活をも求めて引っ越してきた方が多いという。確かに柑山がある場所からの眺めはまさに絶景でこの景観が毎日眺められる生活というのはかなり贅沢で本当にうらやましい。
販売しているパンは25種類ほどで、合計で150個ほどのパンを焼いている。本格的なベーカリーと比べると数としてはかなり少ないが、ロスはほとんどなく完売してしまうという。この日もオープンして1時間後の12時頃にはすべてのパンが売り切れてしまっていた。品ぞろえとしてパンドミはもちろんだが、フランスパン生地の品ものが目に付く。バゲットの2種類のほかに、ベーコンエピ、湘南しらすフランス、ガーリックフランス、オリーブとチーズのエピなど、シンプルなパンというよりも一つ一つはっきりと個性を持たせたパンが目立つ品揃えだ。
■パン屋さんになろうと思ったきっかけは? 人気はパンドミの丹沢。パンドミといっても砂糖は加えずに、粉と塩と酵母と水だけで焼き上げた食パンだ。ホシノの丹沢酵母を使って丹沢の水を使用して、食感が悪くなりやすいところを一晩かけて発酵を取ることによって食べやすい生地にし上げている。何度もリピートされる一番の人気商品になっている。
集客力としても販売の多様さとしてもパンが一番可能性を感じた
普天間さんの前職は保育士。ベーカリーの修行経験は全くない。ただ、料理が好きなこともあってご主人がやっておられたお店に出すための料理やケーキを作ったりしたことはあったそうだ。パンについては、家族向けにホームベーカリーで焼くことから始まり、時々パンの教室で習っては自宅でパンを焼いてみるという経験だけ。ご主人のお仕事の関係や転居のタイミングで、自分でも何かやってみようと思った時にいくつかの候補の中で最終的に残ったのが経験のないパン屋だったという。
■どうしてパン屋さんをやってみようと思ったのですか 転居先として選んだのがこの場所で、ご覧のとおり坂の上ですから人通りというものがあまりありません。それこそご近所の方が散歩される程度です。こういう環境でたとえばカフェをやってみても、なかなか厳しいのではないかと。でもパンだったら特徴があればもしかしたら来てくれかもしれないと思いました。それにパンであれば店頭販売でなくても通販でも売ることが可能だし、飲食店などに卸という形でも対応できる。集客力としても販売の多様さとしてもパンが一番可能性を感じました。もちろんパンが好きだったということもありますけど。
あまり頭でっかちになるよりは、まずはやってみようと
■開業は大変でしたか。 準備はいろいろたいへんな部分もありましたが、時間的にはあまりかけずに開業しました。パンについても、機械を決めて、店に機械が入ってからいろいろと試作を始めた感じです。
■どんな機材を使っていますか オーブンはミックベーカーの3段構成です。ミキサーは業務用ではなくて日本ニーダー社の業務用サイズのニーダーを使っています。ホイロも業務用をつかわずに、日本ニーダーの発酵器と専用機ではない温度調節ができるケースを使用しています。
実際に製造ルームを見せてもらうと確かに見覚えのあるニーダーと発酵器が並んでいた。そのほかにもシンクやコールドテーブルなど必要な機材が14平米ぐらいのスペースに所狭しと並べてある。購入するとなると恐らく総額で200万円ぐらいとのことだが、初期投資を抑えるためにリースを利用している。量を多く作ろうとすると課題が残るだろうが、リーズナブルな予算で開業したいと考える方には参考になるラインナップだ。
■実際に開業してみてどうですか ものすごく大変ですけど、とっても面白いです。一から考えて作ったものを美味しいといってくださる人がいる。遠くから何度も買いに来ていただいて。それは私にとってすごくうれしいことなんです。「また柑山のパンを食べたいと家族にいわれて、一週間も待てません」とお客さんに言われたりするとパン屋を始めて良かったなってつくづく思います。
■ベーカリーでの経験がないことに不安はありませんか 開業を決める前までは確かに不安はありました。でも夫から「有名な飲食店のシェフでも、YouTube等を使って独学で研究して成功した人もいるよ。」っていう話を聞いて。確かに今の時代、知りたいと思えば本でもネットでも学びはたくさんあります。ビアンキュイのビデオレッスンもあるしライブレッスンもあります。あまり頭でっかちになるよりは、まずはやってみようというのも大せつなことだと思います。
■週2日だけの営業ですが 実は営業日以外でも、通販のパンを仕込んだり、製パン技術を勉強する時間にあてたりと、実はかなり忙しいです。お店を開けてなくても何かパンを作ったり仕込んだりしています。でも通販もいろいろと手間がかかって大変ですね。いずれ店頭営業と通販のスタイルについても、もっといいやり方やバランスのとり方を考えようと思っています。
ビアンキュイについて
■もう4年間もビアンキュイのビデオレッスンの会員を続けていただいています やっぱり学ぶことたくさんありますから。やればやるほど、次の課題が出てきます。そういう意味でやっぱりプロの方のレッスンは勉強になりますね、当たりまえですけど。児玉シェフのレッスンで「つきまるめ」の説明をされていて、初めて聞いた言葉だったのですが、自分のパンの「丹沢」でやってみたらやっぱり焼き上がりが違いました。
ポワンドゥコントロールの中の「まるめ」のレッスンも参考になりましたね。本当に何度も見て手を動かし、同じ動きを練習しました。ミキシングの終わった生地の扱い方、パンチの仕方、ガス抜きの力加減、生地に触れるシェフの手さばきなど全てにおいて同様で、何度も練習を繰り返しました。知識という面では、編集されているレッスンの映像の中で、作業の合間にシェフがお話されるパン作りのコツとか考え方のお話がとても参考になります。それからレッスンのライブ配信。タイミングが合えば参加するようにしています。質問の答えがその場で帰ってくるのはすばらしい。やっぱり疑問に思ったことはその場で知りたいですから。
たくさんのパン屋さんがあるからこそ、自分ならではのパンを作ることが必要
■ベーカリーの経験が無いなかで開業を考えている皆さんにアドバイスをお願いします 今の時代、やりたくて求めていけば教えてくださる場所もたくさんあると思います。先ほども申しあげましたけど、ネットでも学びはたくさんあるし、まずはやってみることが大事だと思います。
それに今はたくさんのパン屋さんがあります。だから自分ならではのパンを作ることが必要だと思います。私は他の方と同じパンを焼いていてもお客様はきっと来てくれないんじゃないかと思って、日々パンのことを考えています。「このパンが食べたい!」とお客様に言っていただけるような個性や特徴のあるパンを何種類つくれるのか。私は、柑山の全部のパンをそういう個性のあるパンにしていきたいと思っています。まだそこまではとても行けていませんが、一つ一つ、そういうものを増やして行きたいと思っています。
挑戦することの大切さ
普天間さんのお話を聞いていると、「挑戦」することの大切さを感じます。情報があふれているこの時代にそれをどのように利用して自らを成長させていくか。やってみて課題が見つかり、それを解決するとまた次の課題が見つかる。もちろんクオリティの低いパンが売れる時代ではありません。クオリティの高いパンをまずは作れるようになることを優先して努力し続けていることが普天間さんのパン屋さんの姿です。そしてビアンキュイの児玉シェフのアドバイスを受けて、近いうちに業務用のミキサーを導入の予定でいるそうです。まずは質を確保して、後から量を求めていく。これからの柑山の展開が楽しみですね。